――あらためて、監督が原作『僕だけがいない街』を読まれた時の感想から伺えますか。
伊藤 三部先生が前にいると緊張しますね……(笑)。どうなるのか分からない、予想がつかない展開に惹かれました。自分の予想から外れた別のパターンで裏切ってくれるのが、とても心地よかったんです。一読者として凄く面白いと思って読んでいましたね。
三部 自分もどうやって毎回の「引き」を作るかという、サスペンス的な要素はずっと考えていました。描いていくうちに当初の予定と変わっていったこともありますが、大体狙い通りにできたかなと思います(笑)。
――三部先生は、これまでも何度かサスペンス的な作品を手がけられていますよね。やはりそういった作品はお好みなのでしょうか。
三部 好きですね。江戸川乱歩で育ったんですよ。小学生の頃も、少年探偵団【注1】シリーズをずっと読んでいて。
――ああ。作中内で、澤田がケンヤを小林少年と呼びますが。ケンヤの苗字が小林なのは……。
三部 そうなんです。少年探偵団の小林少年になぞらえているんです(笑)。そういうものばかり読んでいましたね。
――伏線を張ったりするということは割とお好きなんですか。
三部 好きですね。伏線を張るのに重要なのは、何気ない日常の会話はなるべく削らないようにすることなんです。その人を表すようなセリフを、その時ごとにコンパクトに書いているので、絶対あとで役に立つんですよね。
――監督はアニメにするにあたって、セリフを変えようとされたこともありますか。
伊藤 印象に残っているのは、第9話の雛月との別れの際に、第4巻最後の悟のモノローグを若干変えたことでしょうか。原作のままだとコンテの時に違和感があったんです。コミックはセリフを文字で表現するので文語体寄りになることも多いから、アニメでは口語体にする必要があるんですよ。読んでいる時は違和感がないけど、声にすると硬いかなと。まして小学生が言っているわけですしね。
三部 そういったところで自分の作品が変化しているのは分かるのですが、アニメを見て違和感を感じたことはありませんね。
――三部先生はアニメ化するというお話を聞いてどのように思われましたか?
三部 アニメについては考えたことがなかったんですよね。声のイメージについて聞かれることもあるんですけど、イメージを全く持たないで普段漫画を描いていまして……。正直「これをやるの?」という感じだったんです。アニメが好きな人達に受けるのか不安もありました。
――その認識はどこかで変化したのでしょうか。
三部 監督達とお話してみたら、とても原作に対する理解が深かったんですよ。読み込んでくださっていたことが嬉しかった。逆にこの人達がアニメを作るのなら、自分の漫画ももっと良い物にしなくてはと、ネームに時間がかかるようになってしまったくらいで。
――その後、ディスカッションとしてはどんな感じで進んでいったのですか?
伊藤 「どうやって終わるんですか」という話を、ちょいちょい聞きに行きましたね(笑)。
三部 ラストが変わる可能性も漠然とあったんです。ラストを決めきっちゃうとそこに向かって描く感じになってしまって、描いていてつまらないかなと思ったんです。なので、あえて確定せずに進めていました。
伊藤 こちらとしては、その時の三部先生の言葉を信じるしかないというか……。
――アニメ側としては、できるだけ原作の要素は取り込んでいきたかった?
伊藤 そうですね。なるべく外れないようにしたかったです。表現の仕方に若干違いがあっても、着地点は同じにしたいと思っていました。結果、なんとかそこにはたどり着けているんじゃないかと思います。
――監督は、本作のようなサスペンスドラマはお好きなのでしょうか。
伊藤 ええ。アニメではあまり見ないので、やってみたいなという想いはありました。サスペンスで成功しているアニメ作品は、『デスノート』【注2】であったり、ミステリーでいうと『氷菓』【注3】などがありますが、アニメ全体の中では決して多くはないと思うんです。ですから正直この企画にGOが出るのかが一番心配だった(笑)。
――この作品をアニメ化するにあたって、参考にされた映画などありますか。
伊藤 実際の苫小牧で撮った映画だとか…むしろそれと同じようにはせず、洋のテイストを入れ込みたいと思って、『THE KILLING』といったコペンハーゲンを舞台にした海外サスペンス・ドラマを見たりしました。『僕街』は話は地味とも言えますので、絵作りまで地味過ぎると良くないかなと。ですから、作品の色味は北欧だったり、ロンドンのようにできればと思って描きました。
三部 自分が抱く苫小牧のイメージは鉛色なんですよ。海も山も煙っている感じなんです。雪がなくなってくると、アスファルトが削れたものが舞って降って、鉛色になる…そんな感じなんです。
――では、監督と色味のイメージは共通していますね。三部先生は苫小牧のご出身ですが、色味以外でのイメージはいかがでしたか。
三部 建物は「これだ!」という感じでしたね。自分のイメージのまんまでした。実際、自分が取材で写真を撮りに行ったところと、ほぼ同じ場所にアニメスタッフの方々も(ロケ取材で)行かれているんですよね。自分は子供の頃、特に雛月の家の近くによく行っていたんです。
――あの道営住宅の付近ですか。
三部 ええ。相当見慣れているので、漫画で最初に雛月の家を描いた時、何も見ずに記憶でやってしまったんですよ。そうしたら煙突もなければ、アンテナも描いてなくて(笑)。ただ箱みたいな家を描いてしまっていたんです。それに比べて、アニメ版の方がずっと懐かしく感じました。あまりに見慣れているせいで忘れているんです。悟の家の中もストーブを描き忘れていますからね。だからアニメの設定を見て初めて「そういえばストーブないや」なんて気がついてね……(笑)。
――(笑)。アニメスタッフ側としては、北海道らしさは意識されたのですか。
伊藤 以前北海道に取材に行っているんですが、朝方どの家からも煙突の煙が出ていたことが印象に残っていたんです。それをやっておくと説得力が増すかなと思えて、ポイントポイントで煙突から煙が出ているカットを使っていたりします。
――ちなみに、北海道にいらっしゃった頃……悟達と同世代だった頃の先生は、どんな感じだったんでしょう。
三部 悟やケンヤは理想の子供なんですよね。こんな子が当時いたかと言われたら、いないと思います。自分がこうだったらよかったのにと思いますが、実際は馬鹿な子供だったなと。キャラでいうとオサムですね(笑)。
――伊藤さんは先ほどノスタルジーの話をされていましたが、結構共感できることはあった?
伊藤 悟くんほど自分を作っていたわけではなかったと思いますが、自意識的な感情がある子でした。まあ、真面目のふりをした奴でしたよ(笑)。それでいうと悟と近かったと思いますね。
――三部先生は実際にアニメ本編をご覧になって、第一印象はどんな感じでしたか。
伊藤 緊張しますね……。
三部 (笑)。そもそも、制作途中で話を聞いていたりとか、絵も少しずつ上がってきて、シナリオを読んでいる段階から凄くいいものができあがってくると感じていました。でも、期待以上でしたね。第1話目の最後のスピード感がいい感じでした。
伊藤 ホッとしました(笑)。
――第1話最後の畳み掛けは割と意識されたのでしょうか。
伊藤 あれは……そうするしかないという消極的選択です(苦笑)。
三部 (笑)。だろうなと思いました。でも凄く良かったです。
伊藤 いやあ……演出的腕力というか、暴力といってもいいですが、視聴者の方が疑問に思う前にやってしまえということで。
――三部先生の、その後の感想としてはいかがですか?
三部 じっくり描くべきところを、ちゃんと理解してやってくださっている感があります。第2話以降も、もう何回も見てますよ(笑)。第4話の、雛月が明るいガラスの前に立っているところは『(うる星やつら2)ビューティフル・ドリーマー』【注4】を思い浮かべました。僕の中では、水族館でガラスの前にラムがいるイメージなんですよ。まさにそんな感じを再現していただいていて……。
伊藤 それは…聞かないほうが良かったな(笑)。『ビューティフル・ドリーマー』を意識したわけではなかったので…。
三部 でも、自分の漫画より、自分のイメージに近かったです!
伊藤 (笑)。
三部 そもそも、モデルとなった実際の科学センターに、ああいうところはないんですよ。ですから、漫画では実感がないままに描いてしまっているんです。それもあって、実は自分で描きながら違和感があったんですよね。
――アニメスタッフとしては、あのシーンは印象的にしようとされていたんですか?
伊藤 そうですね。原作を読んでいても“パス”が飛んでくるんですよ。ここを印象的にしてほしい! というパスが。実際に窓から照明が来るかはともかく、影付けは印象的にせねばなるまいと思いました。だからあえてガラスからの光は、強めにしましたね。
三部 それと第2話からオープニングが入ったじゃないですか。曲も絵も凄く良くて……。オープニングは見るたびに発見がありました。最初に見て「おおっ」と思って、もう一回見ると……一瞬あの男が映るじゃないですか。
伊藤 ああ。悟の割れたメガネにあの男が映っていますね(笑)。
三部 そういった芸の細かさが楽しくて。仕事が辛くなってくると、原稿をどかしてプレイヤーを置いてヘッドホンをして、オープニングを見るんです。それでやっと描けるようになる(笑)。
――オープニングは伊藤監督ご自身で絵コンテを描かれていますよね。どんなところに気をつけられたのですか。
伊藤 自分の場合、曲が決まってそこから何をやるかを考えていくスタイルなんですが、まず曲調から、タイトルを出すのは曲終わりだなと思ったんですよ。そこで、悟がいなくなる感じを入れたいと思って、序盤に子供がいるカットを作ったんです。そのあと、ラストで彼らがいない背景のみのカットを見せました。
――ちょっと切ない感じが出ていますね。
伊藤 それと、これは結果論ですが、満島(真之介)さんと土屋(太鳳)さんで悟を演じることで、二人の名前が並ぶダブルクレジットになるんですよね。アフレコ台本でも二人の名前が並んでいて、自分はこれが何かに使えるんじゃないかと思ったんです。ワンカット目で二人が一緒に出てこないといけないわけで、じゃあどういうシチュエーションがあるんだろうと。そこで、リバイバルという言葉もあるし、いっそ二人で映画でも見せようと思いました。悟の物語を二人で見ているという体で解釈すればいいんじゃないかと。
三部 ちょうど曲が転調するタイミングで水がドバッときて、バッとカットが切り替わるのがカッコいいです。『シャイニング』【注5】みたいな感じもあって、あそこはお気に入りですね。
――伊藤監督はこのインタビューの時点で、原作コミック連載の最終回のひとつ前まで読まれているんですよね。
伊藤 ええ、出来る限り原作の最後に近いところまで、要素をアニメに入れ込みたいですから。やり口は違っても、やっていることは一緒と思っています。
――漫画のほうは、とうとう最終回を迎えますね。
三部 漫画のラストは特に迷いましたね。ある程度ページ数が取れたので、新しいシチュエーションを用意して、この形になったのですが、アニメの方は尺がないからもっと端的にやらないといけない。でも、自分もやっていること自体は一緒だと思いました。
――逆にアニメの脚本が、漫画にフィードバックされたりもするんですか?
三部 大分影響を受けている気がします。一番は、物語のはしょり方ですね。そこはアニメ版を凄く参考にしました。アニメの要素も取り入れつつも、一所懸命考える。そういう体験は、非常に勉強になりましたし、帰ってくるものが大きかった。アイデアだけでなく、モチベーション面でも、とても良い影響を受けたと思います。
――原作は完結しますが、アニメはもう少し続きます。伊藤監督から、読者の方に一言よろしいですか?
伊藤 ラストカットまで見てくださいね!
三部 俺、見ます!
伊藤 ええっ?(笑)。
三部 毎回凄く楽しみです。本当にこんな出来のいいものを見たのは久しぶりで……。自分が書いたものが元になっていると思えないぐらいです。ファンとして楽しみにしています!